リリンの痔レポ

【痔】エリート痔主ブロガーが、痔主歴を赤裸々に語ります【実体験】

リリン
こんにちは!エリート痔主ブロガーのリリンです!

今回は、私の痔主歴について語りたいと思います!

常日頃から「エリート痔主ブロガー」「痔主系Vtuber」を名乗る私ですが、実際にどの程度の痔を患ってきたのかをお伝えしたいと思います。

私の痔に冠する知見や知識は、これらの経験を元に勉強したものです。

少しでも痔のリアルな話をご理解いただければと思います。

 

注意

トイレの話とかアレな話が出てきます。お食事中の方はブラウザバックをそっとしていただきますようお願いいたします。

 

同じ内容を動画にもしています!お時間がある方はこちらも合わせてどうぞ!(少しエンタメ要素を加えて編集しています)

 

 

初めての痔の発症:11歳

私は元々幼児期から便秘ぎみの子どもでした。

2~3日平気で出ないこともザラにあり、腹痛で苦しむような日もたまにありました。

そして11歳のとある日、とうとう私のお尻は限界を迎えて切れてしまったのです。

ブチッ

皮膚が引っ張られて裂けるあの感覚は今でも忘れられません。

めっちゃ痛かったです。

血で真っ赤に染まる便器を眺め、戦々恐々としておりました。

それからの私は、大便=お尻が痛くなるという方程式が作られてしまいました。

トイレを避けるようになってしまい、どんどん便秘と痔が悪化していったのです。

 

痔の最盛期:14歳

便秘の症状は、痔を発症した11歳からどんどん悪くなっていきました。

最盛期(?)は14歳のときですが、この頃にはたくさんのエピソードがあります。

 

便秘酷すぎる問題

1週間は平気で出ないような状態であり、いざ便座に座っても30分間は座り続けて無理やり出す!というような日々でした。

便秘で出てこなくてどうしようもないときは、イチジク浣腸に頼ることもありました、

浣腸は母親に入れてもらったのですが、非常に恥ずかしかった思い出しかありません。

いやまぁ自分で入れろという話なんですが、いかんせん浣腸をするという行為がどうしても怖くて・・・。

パンツを下ろしてうつぶせになって、母親に浣腸をケツ穴に挿してチュ~っとしてもらって。

本当に恥ずかしかったですが、(便秘で死ぬよりはマシだ)と心に言い聞かせてがんばりました。

 

トイレの詰まり問題

もうひとつ酷かったのは、トイレの詰まり問題です。

私のアレ、硬すぎて流れないんですよね。

というか詰まるんですよね。

だから、しばらく放置してふやけたら流す!ということをしていました。

 

便器の中が真っ赤

痔による出血があまりにも酷く、トイレのたびに便器の中が真っ赤に染まっていました。

ケツから、ボタボタと血が流れ続けるから当然ですよね。

便器の中の水は、もはやどす黒い血の色です。

 

普通に椅子に座れない

お尻が痛すぎて、椅子に座れない状態に陥ることがよくありました。

例えるならば、表面に画びょうがびっしり付いたピンポン玉(ビー玉じゃないですよ!ピンポン玉ですよ!)がケツ穴に挟まっている状態です。

患部が腫れあがっているのに加え、傷が完全にふさがっていないので常に痛い状態なわけです。

この状態だと、座って少しでも圧が掛かると激痛が走ります。

大きいクッションが無いと、椅子に座るのすらキツかった日々でした。

 

肛門科の病院に初めて行った日のこと

酷い痔で苦しむ私を見かねて、母親が私を病院に連れて行くこととなりました。

もちろん、肛門科の病院です。

病院自体に抵抗があったわけではないですが、流石に肛門科の病院に行くのには抵抗感がありましたね。

駄々はこねずに行きましたけれども。お尻がヤバいのは事実なので。

そして、病院では問診と診察を受けました。

診察のとき、医者のオッサンに指を突っ込まれたり、アレな器具を突っ込まれたりして、オトナの階段を昇ったような気がしました。

リリン
私のお尻の処女は14歳で亡くしました

で、診断結果は

切れ痔といぼ時のハイブリッド痔

でした。

ハイブリッド痔という、中々ユニークな二つ名を拝命したわけです。

 

通院治療により徐々に痔は改善していった

中々に重度の痔だったわけですが、結局手術はしませんでした。

通院治療と薬による保存療法を続けたのです。

病院では定期的に診察をしてもらいながら、家では軟膏薬を塗る日々が続きました。

結果、完全に完治することは無かったのですが、日常生活に支障がない程度にまでは良くなったのです。

また、痔の治療に合わせて便秘の改善も意識的にするようになりました。

なるべくトイレに行く回数を増やすことや、便秘に効く食べ物を多く食べたりするようにした結果、1週間出ないというような酷い便秘にはならなくなりました。

 

ウォシュレットの無い地獄の寮生活

お尻の状態は改善されつつありましたが、15歳から学生寮での生活に変わりました。

これがまた地獄の日々でした。

なんと、寮のトイレにはウォシュレットが無かったのです。

痔主にとって、ウォシュレットの有無はまさに死活問題。

ということで、私は以下のようなスタイルを確立しました。

寮生活でのスタイル

・トイレに行く
・風呂へ直行する
・風呂上りにボ○ギノール塗り塗り

ボ○ギノールとオ○ナインは必需品でしたね。

 

17歳以降:完治はしていないが穏やかなケツで日々を過ごす

学生寮生活を終えてからは、比較的穏やかな日々を過ごすこととなります。

排便は大体毎日出るようになりました。(たまに1~2日出なかったりしますがほとんど問題ないレベルです)

痔の症状もかなりおとなしくなり、快適な日々です。

出血

ぜんぜん血は出ていません。便器が真っ赤になるようなこともないですね。

痛み

痛みは大なり小なりいつもありますが、長引くような痛みではなくすぐに収まるので日常生活にはまったく支障がないレベルにまでなりました。

ただ、ある程度の痛みには慣れてしまっただけなのかもしれませんが。

 

最後に:いつかは完治したらいいなぁ・・・程度に思っています。

ということで、未だに私のお尻には爆弾がある状態なわけです。

いつかは完治したらいいなぁ・・・程度には考えていますが、今すぐにゼッタイ治したい!というほどではありません。

まぁ、もうしばらくは「エリート痔主ブロガー」「痔主系Vtuber」の名を使って生きたいと思います。

 

以上!

 

ブログランキング

-リリンの痔レポ

© 2020 痔-Blog